『宵闇』 詩:三木露風 ★ 童謡集 『眞珠島』或いは『真珠島』 (大正10年:1921年) より
2012年 02月 01日
三木露風と云えば「赤とんぼ」の童謡が直ぐに浮かぶ童謡詩人としても有名ながら、お若き日は象徴派詩人でもあった。早熟の天才で処女詩集『夏姫』(明治39年:1906年)の刊行の折、17歳である。ちなみに野口雨情の『枯草』が22歳、石川啄木の『あこがれ』が19歳である。「赤とんぼ」の童謡詩の元になったとされる俳句があり、それを書いたのは13歳の頃だそうだ。
三木露風が童謡を手掛け始めるのは大正7年(1918年)頃からで、鈴木三重吉が『赤い鳥』を創刊するにあたり、露風も参加。童謡集『眞珠島』或いは『真珠島』はその三年後の大正10年(1921年)のこと。
このように西條八十も絶賛されたという『眞珠島』の序文にある。大別すると、幼少期の追憶を歌った童謡と、想像、幻想の世界を歌った童謡がある。露風の詩に共鳴するのは母への思慕だと想う。僅か7歳での母との別離、後の数々の詩の中で感じられる憂愁、黄昏の詩情は幼き日の母への追慕ゆえだろう。
一つ、二つ、三つ、四つ目の段で鼻緒が切れた。
一本杉の下はなほなほこはいぞ早よ駈け、帰ろ。
ちろ、ちろ轟が草の中で鳴いた 早よ駈け かえろ。
この童謡詩『宵闇』は「赤とんぼ」等と共に『眞珠島』に収められたもの。露風が中学生の折に、近くの龍野神社で遊んでいた頃の想い出が歌われている。あの神聖かつ不思議なあそび場であった神社を私も想起しながら読んだ好きな詩です。
三木露風の残された大好きな言葉です。