ジェラール・ド・ネルヴァル 『火の娘たち』 (1854年) ★ シルヴィからオーレリアへ
2011年 11月 03日
何冊か読んでいるのですが、今日は『火の娘たち』の『シルヴィ』を。最初に読んだのは80年代でやはり新潮文庫でした。20数年ぶりに先日読み返したのですが、もの凄く感動しました!20数年の時の流れの中で、私も歳を重ね少々の人生の苛酷さを知ってしまった。けれど、人生は尊いものであることも知り得たつもりです。この先何が待ち受けているのか分からないけれど。幻視文学あるいは幻想文学と喩えることも可能ながら、当のネルヴァルご本人は現実と夢の世界を自由に彷徨しているので、読んでいて摩訶不思議なのです。夢幻的という言葉がとても似合うもので、一貫して漂い続ける叙情に涙しました。マルセル・プルーストの絶賛を受けたものの、19世紀後半には忘れ去られていたネルヴァル。20世紀になり、ようやく再評価されたのも、今だと何となく分かる気もします。時代背景的なものを少しは考慮しながら読むと、やはり途轍もない時代だったのだと。ネルヴァルは、実在の女優ジェニー・コロンに強く熱情を示し、叔父の財産総てを彼女を讃美するための雑誌「演劇界」の発行に蕩尽している。けれど、ジェニーとその後再会したのは一度だけ。それでも、ネルヴァルにとっての"永遠の女性"として生涯心の中で生き続けることに。そのジェニーの死の知らせの衝撃は大きくネルヴァルをさらなる夢の世界へと誘い、幾度かの発作、療養を経るがもう戻っては来れない。ネルヴァルにとって、現実というものは常に闘うものであったように想う。革命の狭間の少年時代、育ての親のような叔父の神秘主義の影響、早くから聡明で豊か過ぎる感性はやはり現実から夢の世界へという地獄を辿り、行き着いた果ては穏やかな"第二の人生"であったのだと。
『シルヴィ』『エミリイ』『ジェミイ』『オクタヴィ』『イシス』という女性名5つからなる『火の娘たち』(私が読んだものは『火の娘』 訳:中村真一郎 新潮文庫)のシルヴィとはオーレリアに続くもので、ネルヴァルの原初的な美しい想い出の土地、ヴァロワ地方の自然と遠い昔の幼な友達シルヴィ。その少女シルヴィへの愛が夢の恋人オーレリーへの連鎖という物語。もう論理など軽く超えたもので、ネルヴァルはロマン主義と象徴主義の作家だと痛感。記憶、過去、想い出の深い処から無意識的に精神を放浪させる形式。これはプルーストの『失われた時を求めて』の先駆的な作品であり、またアンドレ・ブルトンの『超現実主義宣言(シュルレアリスム宣言)』へと繋がるもの。20世紀後半になり、ボードレールと並ぶ詩人と云う評価に至るのは、やはり作品の中に流れる"詩"であり"歌"(古謡など)が美しく、正に夢と追憶の陰影からなるソネットのようです。やはり、私は歌の流れる、響く小説などがとても相性が良いようです。そして、想います。このような作家の作品はどんなに社会や科学が進歩しても解き明かされるものではないのだと。論理的よりも象徴的なるものの方が、私には必要であり大切な心の糧として空を舞うのです。
想うままに綴っているので取り留めなく、まだまだ続きそうです。フランス・ロマン派の作家、テオフィル・ゴーティエとはシャルルマーニュのリセの同級でもあり親交の深かったお方であります。フランスに限らず、やはり19世紀に夢を馳せることが多く、尽きない学びの源泉のようです。