あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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『昭和の日』に想う★東日本大震災から50日を経て

 今日は2011年4月29日、「昭和の日」という祝日。そしてGWの始まり。3月11日から50日目となる今日が「昭和の日」という祝日であることを数日前から不思議な気分で待っていたようなのです。そして、先日27日には天皇皇后両陛下は東北の被災地に出向かれ、被災者の方々にお声をかけられていたご様子が報じられた。涙を流されていたお方のお姿と共に私はまた泣いていた。嘗て、昭和天皇も敗戦後、長期に渡り巡幸されたという。そのお話は父から伝え聞くことで知ったのだけれど、今回の東日本大震災での明仁天皇、皇后両陛下の佇まいに私ですら心癒される。それはどうしてだろう...と天皇陛下のビデオメッセージ以降考えていた。

 私の両親は歴代天皇の名を暗唱していた。私は飛び飛びにしか知らない。「昭和」から「平成」という時代に生まれ生きている私は、年を重ねる度にこの長い歴史の日本に想いを馳せる。と同時に西欧の歴史への興味はさらに深まるばかり。戦争を知らない私は戦争体験、及びその敗戦後の風景が記憶として残されている方々のお話を聞いたり読んだりすることが好き。その当時、少年少女だった私の両親が今はもういないことが寂しい。

 私の子供の頃、それも一桁の年頃までだったと想う。その頃は祝日になると玄関に日の丸(国旗)を掲げていた。私の家だけではなくご近所のお家も。こうして暫く忘れていたことをふと想い出すのだから記憶の構造とやらは如何なるものなのだろう。そんな幼年期に印象強く残っている災害のこと。まだ弟は赤ちゃんで記憶にないようだけれど、私ははっきり覚えている光景が今も浮かぶ。台風による降水量が増し、まだ当時の町の水はけがしっかりしていなかったゆえだろう。レインコートを着て長靴を履いて外にでると、私の膝以上の水嵩だった。少し離れた場所では床下浸水したお家もあったと聞いた(その意味も後に理解したのだけれど)。まだまだ雨は降り続け風も強かったと思う。父に家の中に入るように注意されたけれど、その様子を見ていたかった。父とご近所のおじさんたちが声を掛け合いながら、必死で作業していた。私はいったい何をしているのか分からなかったけれど、その父の姿がカッコ良かったことを想い出す。

 東北大震災で多くの方が被災され、50日を経た今もまだまだ瓦礫の山は残る。大津波による死者の中に小中学生の少年少女も多い。阪神淡路大震災の折にも震災孤児となってしまった子供たちがいたけれど、その数よりずっと多い。嘗て、戦争孤児になってしまった子供たちをも想う。また、福島原発の事故による退避地域とされる区域に今も住んでいる方々がいる。その中には病身の方や幼い子供たちも。生まれ育った町から出て行かなければならないなんて...。新たな出発が出来る方も居れば、そう簡単に故郷から離れることを受け入れることができない方も居る。その上、いったいどのくらいで戻れるのかも分からないのだから。故郷喪失である。日本のこれまでの歴史の中で幾度も天災による復旧復興、あの焼け野原の戦後ですら復興してきた日本。けれど、今回は自然界に存在しない放射能物質という問題による人災が重なってしまった。ただ東電や官邸を責め立てることでは何も解決しないだろう。けれど、こうしたやりきれない想いは日本全体に及んでいて収束も見えない。被災者の方々の為にも過度な自粛は避けて普通通り過ごした方が良いと...そう私も想うのだけれど、どうもそうもゆかない。

 4月中旬から随分体調不良に陥ってしまった。今は少しマシになっているけれど、嘗てのように100歳まで生きるだろうという想いも薄くなってしまった。けれど人生謳歌は続けていたい。その為にはバランスが大切だと想う。なので心がけているのだけれど、安易ではない。そんなに自己管理能力など持ち合わせていない。けれど、祈りを続けることはしている。心の中で両親にお話ししたりも。声が聞こえるわけではないけれど、父ならどうしただろうか、何と言っただろうか、母なら...と。

 このGW中に天皇皇后両陛下は再び東北の被災地に出向かれるという。巡幸である。復旧復興にまだまだ時間がかかり、その間、助かった人々でさえ日々、身体に受けるストレスは多大なものであるに違いない。其々の体質や性格により様々だけれど、心に受けたものは日増しに募るように想う。「頑張れ!日本」であるけれど、頑張れる方は頑張り、頑張れない方は頑張らなくて良いと想う。頑張れる時で。ただ、多くの方が亡くなられた中、助かった命を大切にしてほしいです!そんな人々が頑張っている姿から学ぶことは大きいし尊い。そんなことを胸に刻み思考している。私の生きて来たこの日本という歴史の中には、多くの先代たちの叡智と勇気がある。そして、2600年に及ぶ日本だけの「天皇制(皇室制度)」というものを考える契機となったことも私には大きな意味があるようで、天皇という存在はきっと神様や仏様ではないけれど、世俗に生きる私のような者とも当然違う。では何だろう...と考えると俗世界より天上に近い神聖なる領域というものがあるのではないだろうか。なので、あの天皇皇后両陛下のお言葉や表情、佇まいから得られる慈悲、慈愛のお心が人々の心に伝わり安堵をもたらしてくださるのだと想う。

 またしても、取り留めのない綴りになってしまったけれど、今日のこの「昭和の日」を私は静粛に受け止めていたい。私の想いなので、何云ってるのだろう...と呆れる方も居られるだろうけれど、私は科学や技術を過信したくないし、不便になっても良い。時代が猛進する中で失われて来たものを取り戻すことができればそれを望む。母は失明したので何となく遺伝するのではないかと本心は不安でもある。いつかそんな日が来たとしても、心に刻める言葉はできるだけ刻んでおきたいとも。なので、10代後半以来の勢いで読書量は増えている。新しいものはやはり疎く、それでも中世から戦後文学までという時代に残された作品が多いけれど、それらの読書感想も以後は多くなるような気がしています。
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by claranomori | 2011-04-29 12:49 | 想い・鑑賞・読書メモ