『マノン・レスコー』著アベ・プレヴォー(ABBE PREVOST)★小悪魔的に美しい宿命の女マノン(1731年)
2010年 11月 11日
名門出の優秀な騎士シュヴァリエ・デ・グリューは帰郷する前日、ある少女を見かける。彼女の名はマノン。その可憐な美しさの虜になったデ・グリューは、修道院へ入るはずのマノンを伴いパリへ向かう。けれど、マノンはただの世間知らずの少女ではなかった。贅沢三昧の上、他の男性と関係をもつ。デ・グリューは父の下僕により強制的に連れ戻される。マノンが隠れ家を密告していたのだった。重なる裏切りに絶望したデ・グリューは修道院に入るが、会いに来たマノンにまたしても心奪われる。二人は駆け落ちをするけれど、田舎では退屈なマノンはパリに出てゆき、詐欺、逮捕、誘拐、逃亡と悪の道へ転落する二人。けれど、その途上、憔悴したマノンは息をひきとり、デ・グリューは長い時間抱擁する。天使のように愛らしく、悪魔のように残酷な女。正しくファム・ファタル(宿命の女)であり、妖婦(娼婦)小説の原型となった悲劇のロマンス。
プレヴォーはフランス、アルトワ地方エダンの貴族の家に生まれ、15歳(16歳説も)で入隊するが幻滅し修道士となる。けれど、それもまた馴染めず、その後は、イギリス、オランダ、ドイツ、イタリアを転々と放浪を重ねるなか、ようやく1743年にフランスに落ち着く。そのイギリス、オランダ時代に出会ったある女性との10年以上に渡る関係はプレヴォーの財政上の困難の原因となったという。そんな作家プレヴォーの実体験が反映されているようで、厳格な修道生活と享楽的な生き方の間で煩悶し、僧院を脱走しては恋愛事件を幾度も起こしていたという。国外追放の時期もある波乱万丈の人生は、作品の時代背景となる摂政時代、ルイ14世死後の、開放的かつ退廃的な当時の風俗描写と重ね合わせているようでもある。
魅惑的で小悪魔のようなマノンは謎の美女。きっと少女時代からロリータ的な魅力を持ち合わせていたのだろうけれど、作品の中で肉体的な特徴の描写がないのも不思議な魅力。オペラや映画作品にもこのお話は継承され続けているけれど、それらの作品の中で演じるマノン役の女性の魅力が様々なのも当然ということ。マノンはデ・グリューを愛していたのだけれど、お金が無くなると贅沢な生活に憧れ違う男性に走る...今ではこのようなお話は驚嘆すべきものではないけれど、このアベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』は1731年!ルソーにも影響を与えたそうですし、プレ・ロマンティスム作品の一つでもあるので、後のフランス・ロマン主義の源流にある作品とも云えます。時代やジャンル的な形容で、作品を縛りつけるようなことは本来不可能なのだと想います。そうした前提で、やはりロマンティスムの光と影が好きです。