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あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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『金髪のエックベルト』 著:ルートヴィヒ・ティーク★ベルタの少女時代の回想と悪夢への変貌

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★大好きな『金髪のエックベルト』(1797年)は、ドイツ・ロマン主義文学において欠かせぬものの一つで、著者はルートヴィヒ・ティーク(LUDWIG TIECK:1773年5月31日~1853年4月28日)。ゲーテ亡き後、長らくドイツ文壇の重要な人物であったけれど、死後の名声は生前のそれには到底及ばないとされている。けれど、この『金髪のエックベルト』は、ノヴァーリスの『ヒアシンスと薔薇の花のメルヘン(ヒヤシンスとバラ)』と双璧を成すドイツ・ロマン主義メルヒェンの代表作であると私はこれらを愛している。

世間で「金髪(ブロンド)のエックベルト」という通称だけで呼ばれている40がらみの騎士と、その妻ベルタは共に孤独を非常に好み、彼の小さな居城の囲壁の外で彼等の姿を見かける者は滅多にいない。二人はとても愛し合っているけれど、子宝が一向に授かりそうもないことだけが二人の日々の嘆きであった。そんな居城にしげしげと訪れる者がただ一人だけおり、彼の名はフィリップ・ヴァルター。エックベルトとヴァルターは、好きな考え方がほとんど同じでとてもうまが合った。年毎に彼等の親密度は増し、これまで随分と注意を払って隠し遂せて来たある秘密をヴァルターに語る。それは妻ベルタの若い頃の変わったお話。

ベルタは貧しい村の生まれで、幼い少女ベルタはなんとか両親の手助けをしたいと願うけれど、いつも不可思議な空想に浸りきって、役に立たぬお荷物だと父親に叱られていた。残酷極まる折檻の日々で、少女ベルタは死んでしまいたいくらいに寂しく泣き過ごしていた。その頃少女は8歳。ある朝、ほとんど無意識に小さい我が家を飛び出し、とある森へ行き走り続けていた。父に連れ戻されまいと必死で幾つもの村を走り抜け、喉もカラカラの時、岩場の端に辿り着く。少女は嬉しくて嬉しくて、地獄から天国へ入ったような思いは、寄る辺の無い孤独な境遇も、今はちっとも恐ろしいとは思わなくなっていた。滝に出会い一口飲んだ折に、一人の老婆と出会う。そして、少女ベルタはその老婆と小さな小屋で過ごしていた。一匹の小さな犬と不思議な鳥と共に。

お話を全部綴るのもなにかと思われますが、主役は金髪のエックベルトなので、彼の孤独と恐怖に苛まれ苦悩し狂気に至る姿もとても大切なのですが、私はこのベルタの少女時代の回想のお話が目に浮かぶように焼きついているのです。私の想像する姿ではありますが。貧しい少女が家を出た時は8歳。そして、森で出会った老婆との生活は平穏な日々であった。その生活は14歳まで続いた。このご本の中で少女の年齢が3つ出てくるのは8歳、12歳、14歳。これは少女の成長の記録でもある。12歳になると、すっかりおばあさんに家のことを任されてもこなせ、本を読むことも学ぶ。けれど、そんな読書の中に登場する素敵な騎士を想い描いても、この小屋での生活では現実には夢物語。次第に自我の目覚め、自立という芽生えの頃。14歳となると思春期でもあるので外の世界に興味を抱くのは何の不思議もなく真っ当だとも思える。ある日、老婆は長らく家を留守にする。その時に、少女ベルタはその小屋を出ることにする。といっても、お金は持ってないので、おばあさんの大事にしていた宝石箱を一つと鳥籠を持って。少女にとてもなついていた犬がワンワンと泣く中、彼女はその犬が飢え死ぬことも分っているけれど連れてゆけずに出て行ってしまった。

この鳥が奇妙かつ重要で、一日一個の卵を産むのだけれど、その中には真珠などの宝石が入っている。その卵から宝石を毎日老婆が大切に仕舞っていたことは、ベルタは幼い頃からなんとなく知っていた。8歳の時ではなく今14歳の少女はその宝石があれば生きていけることを知恵として得ている。罪なき罪...とも思えるけれど、やはり罪は罰として我が身に返るのだと想うので、私はなんとも云い様の無い不思議な悲劇の様相を静かに見守っているかのよう。

ただ一人の友人ヴァルターにベルタが少女時代の回想を話していると、すっかり夜も更ける。なので休むことにする。ヴァルターは彼女の手にキスをし、おやすみを云いこう云った。

奥様、ありがとうございました。ぼくは不思議な鳥とご一緒のあなたや、あなたが子犬のシュトローミアンに餌をやっておられるご様子が本当に目に見えるようですよ。

ベルタはこの言葉から以後病に伏せ、弱り果て死んでしまう。ヴァルターの言葉の衝撃はベルタには恐怖であっただろう!何故なら、幾度も夫のエックベルトにこの少女時代の回想話をしながらも、どうしても子犬の名前が思い出せないのであった。なのに、初めて聞くヴァルターが何故、その子犬の名前を知っていたのだろう...と。苦悩する妻を亡くし、エックベルトは森でヴァルターを矢で打ってしまう。次第にエックベルトの精神は朦朧とし、恐ろしい妄想が離れることがなく、夢うつつの状態となる。意識も思慮分別も失ってしまった中、元気のよい犬の吠え声と、白樺のそよぐ音、さらに不思議な音色で歌が聞こえて来る。

森のしずけさ 
還りし喜び、
悩み消えはて
妬みもあらず、
喜び新た
森のしずけさ

そこに腰の曲がった老婆が現れ、この夢虚ろなエックベルトに最後の矢を突き刺すかのような恐怖の戦慄を与える。ヴァルターもその後に出会った友人フーゴーもこの老婆が姿を変えたものだった。さらに、妻ベルタはエックベルトの妹だったと!エックベルトは発狂し、瀕死の身を地面に横たえた。彼の耳には、老婆の話し声、犬の吠え声、鳥が繰り返す歌声が、虚ろに縺れ合って聞こえていた。

「ああ、何ということだ!」「じゃあこの俺は、なんという恐ろしい孤独の中で生涯を送って来たんだろう!」

このエックベルトの死の間際の言葉は、鳥の歌声と共に私の心に悲しい音色を残すのでもある。
by claranomori | 2010-10-10 09:50 | 本の中の少女たち・少年たち