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あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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『中二階のある家 ある画家の物語』 美しいリジヤとジェーニャ姉妹 作:アントン・チェーホフ (1896年)

『中二階のある家 ある画家の物語』 美しいリジヤとジェーニャ姉妹 作:アントン・チェーホフ (1896年)_b0106921_619111.jpg
★マイ・ミトゥーリチ=フレーブニコフによる印象的な水色の表紙の絵、その他3つの挿絵は水彩画風で、優雅で美しい『中二階のある家 ある画家の物語』のお話と実にピッタリだと思った。『散文におけるプーシキン』とトルストイが名づけたアントン・チェーホフによる1896年刊行の短編小説『中二階のある家 ある画家の物語』 。同年に戯曲『かもめ』も刊行されている(チェーホフの四大戯曲と呼ばれる『かもめ』『三人姉妹』『ワーニャ伯父さん』『桜の園』は日本でも馴染みの深い作品)。

ある風景画家と裕福な地主の娘ジェーニャとの夢のような儚きロマンス。母のエカテリーナ・パーヴロヴナと娘リジヤ、その妹ジェーニャの暮らす地主邸。広大な大自然を有する大国ロシアの苛酷な激動の歴史。大学生の折から患っていた結核を抱えながら作家として医師として働き貫いたチェーホフという文豪の生涯...インテリゲンツィヤと農民との折り合いは苦戦(葛藤と挫折)、1861年の農奴解放以後もまだまだ続いていたのだし、暗い暗殺も数多く起こったという西欧において後進国であった時代のロシア。そんな19世紀のロシアはその僅か100年の間にめざましく文化を開花させる。国民の7割は文盲であったという時代から驚異的なことだと思う。こんな背景がこの『中二階のある家 ある画家の物語』にも織り込められているけれど、チェーホフは優雅に綴り大袈裟な描写をしない。家ではリーダと呼ばれる姉のリジヤとミシューシと呼ばれる妹のジェーニャ。年も10歳近く違い、性格も対照的な姉妹。姉のリジヤはゼームストヴォ(地方自治体学校)の教師で自立した女性。父の遺産で何不自由のない生活を送れるのにである。また、妹のジェーニャは穏やかで目覚めるとすぐに安楽椅子に座り本を読むという静かな生活を送っている。妹は姉に不服従な態度をとることはない。ある画家と妹ジェーニャの恋はある一瞬の美しき夢のように、また、永遠の乙女像をこの作品の中で描いたようだ。姉のリジヤはある画家を好んでおらず二人の交際を禁止するのだけれど、このリジヤは作者であるチェーホフの分身のようでもあるので優しく面白いのでもある。

「中二階のある家」という幸せのシンボルは時代の中で壊れて行くだろうし、とどめようがないだろう。チェーホフは鋭いアイロニーの世界と同時に、夢のような短篇、ロマンティックな夢を、作品として独立させたかっただろう。夢幻の詩情。それはまたロシア文化が肉体派でありながら、秘かに頼りにしてきた純粋さなのだろう。

~翻訳者である工藤正廣氏の解説より~

上の画像は『中二階のある家 ある画家の物語』の、2004年に「チェーホフ没後100周年記念出版」として刊行された日本語オリジナル版の表紙(マイ・ミトゥーリチ=フレーブニコフによる)をスキャンしたものです。
by claranomori | 2010-09-18 07:10 | 19世紀★憂愁のロマンと美