あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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シャルロット・コルデー(CHARLOTTE CORDAY)★少女の面影を残す暗殺の天使

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★フランス革命に関するものを読んでいる中で幾度も登場するシャルロット・コルデーはマラー殺害者であり「暗殺の天使」とも呼ばれる。本名はマリー=アンヌ・シャルロット・コルデー・ダルモン(Marie-Anne Charlotte Corday d'Armont:1768年・月日不詳~1793年7月17日)。

1768年ノルマンディに生まれたシャルロット・コルデー(シャルロット・コルデイ)は没落貴族の娘で、劇作家コルネイユの血を引く貴族の娘ながら、13歳の折に母と死別し妹と共にカーンの修道院で少女時代を過ごす。修道院で一生を過ごしたいと願っていた少女だったという。けれど、1791年に革命政府によりその修道院は閉鎖され、叔母ブルトヴィユ夫人のお屋敷に身を寄せることになった。プルタコスの書物を愛し、豊富な文学的知識を有するシャルロット・コルデーは、大革命当初から新思想へ向けて燃え立った。カーンに住んでいた頃からルイ16世を好ましく思っておらず、彼女が熱中し傾倒していたジロンド党をマラーは新聞「人民の友」紙上や国民公会の議場で攻撃しており、ジロンド党の者達の暴動を目にした若き少女の目は眩んでいたとも云えるだろう。けれど、その熱情ゆえに単身パリに赴きマラー暗殺を決行し、僅か25歳、まだ少女の面影を残し、美しく響く声を持っていたと云われるシャルロット・コルデーはコンコルド広場で処刑される。恐怖政治(テルール)の興奮の中で起きた大事件!それも殺人者でありながら天使と呼ばれる、歴史上稀有なる女性である。

自由を与えてくれるはずだった人が、自由を殺すのです。まるで首切り役人のようにです。
ああ、孤独で悲しい私の祖国フランス

「フランス共和国新聞」には「死刑執行の時間が近づいても、彼女は動揺する気配がなく、晴々とした表情をし顔色を変える風は全然なかった」と記されていたそうだ。詩人アルフォンス・ド・ラマルティーヌは、この美しく清楚な愛国心あふれるシャルロット・コルデーを「天使」と称えた。多くの者達が死を目前とするこのシャルロット・コルデーになにかしらの「美しさ」を見たようなのだ。ゆえに「暗殺の天使」という形容と共に、私のような者にまで不思議な魅力を伝える...死の間際での晴れやかな表情...幾人かの書物の中の凛然たる女性たちが浮かび、その崇高なる姿に憧れる。彼女たちの中に「人間」として「女性」としての「美」を垣間見るからかもしれない。
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by claranomori | 2010-09-16 22:27 | 歴史の中の少女・女性たち