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あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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夢野久作の小説の中の少女たち 『瓶詰地獄(瓶詰の地獄)』と『ルルとミミ』

私は好きな作品を幾度と再見する癖がある。音楽で云うとそれらは「愛聴盤」であるのだろうし、本ならば「愛読書」というものになるのだろうと想う。夢野久作のあの不思議な文体と世界が好き。全作品読んではいないけれど、3回以上は読み返した作品が幾つかある。それらに共通するものが自分でも今は何となく分かっている。そういうお話が好きなのだ。

その中の一つに『瓶詰地獄』あるいは『瓶詰の地獄』があり、初めて読んだのは二十歳頃だった。その哀しい運命になんとも云えぬ優しいものを感じながら涙した。頭の回転がとてもゆっくりしているもので、トリックの妙に感動したのは後からだったけれど。漂着した三つの瓶。その中に封じ込められた三通の手紙。その手紙で構成される物語。「私達」というのは市川太郎とアヤ子である兄妹。海難事件により南海の離島に流れ着いた二人は兄11歳、妹7歳で、そのおよそ10年後。二人は抱き合って身を投じるしかない運命。手紙にはそれまでの様子などが書かれている。漂着する3つの瓶は書かれた順序(時間)が逆転している。悲劇の結末からその発端となる順序で漂着する瓶。

夢野久作というお方は僅か10年程の執筆活動。この私の大好きな『瓶詰地獄』を前後して書かれたものにも通じるものが多く、どれも好きなもの。この『瓶詰地獄』の初出は1928年の『猟奇』10月号とされている。その折の題名は『瓶詰の地獄』(その後、《の》が付いたり消えたりするけれど、私は通常『瓶詰地獄』の方を好んでいる)。それ以前、夢野久作というペンネームを使う前の作品に『ルルとミミ』という、やはり兄と妹が身を投じる哀しいお話がある。こちらはよりお伽話のような童話作品でもある(初出は1926年『九州日報』3月~4月連載号だそうだ)。海と湖、水の中で死にゆく乙女の姿はまるで「オフェーリア」のようで、私の脳内幻想が煌めく。夢野久作はエドガー・アラン・ポーのファンであったそうだけれど、ポーの『瓶のなかの手記』というもの、そして、『ルルとミミ』というと萩尾望都さまの作品(こちらは姉妹)なども連想して愉快。

『押絵の奇蹟』や『ドグラ・マグラ』にも通ずるもの。その他にもある「近親相姦」というもの、「兄と妹」。夢野久作のお話の中の少女たちは死んでゆく。兄であったり少女であったりと道連れがいる。世間からすると許されない禁断の恋ゆえに。けれど、当の二人は意図してのことではない。すべて運命《さだめ》だというものに悲哀を想う。また、夢野久作の描く少女たちの、聖と穢を併せ持つような少女像が私には夢幻的で薄儚く映り好き。聖と邪...その狭間にあるものは、なんと深く魅惑的であることか!

「近親相姦という、人類の想像し得る最も甘美な夢の一つに作者が耽溺している」 澁澤龍彦 「夢野久作の不思議」より

そんな幻想に耽溺されたがゆえに、地獄に落ちなければならない少女たちがいたのであろう。『少女地獄』のこともまた★

夢野久作の小説の中の少女たち 『瓶詰地獄(瓶詰の地獄)』と『ルルとミミ』_b0106921_1194820.jpg

by claranomori | 2009-09-27 10:18 | 本の中の少女たち・少年たち