『ガヴァネス』 ヴィクトリア朝時代の女性家庭教師たち
2009年 03月 23日
★映画と文学が好きで、19世紀(殊に末期)になにか心惹かれ、遥かなる夢を馳せる傾向は相変わらず変わらない。”ガヴァネス”(女性家庭教師)と呼ばれる女性たちがヴィクトリア朝時代にかなりの人口増加した。男女の比率のバランスが大きく崩れ、女性が余るかたちとなったこと。当時の英国のあるべき美しき女性像は家庭の中の良妻賢母という姿。そんな時代に結婚できず(せず)社会で”レディ”としての体面を保ちながら生きてゆく女性のお仕事は”ガヴァネス”しかなかったようだ。
『ガヴァネス ヴィクトリア時代の<余った女>たち』(著:川本静子)に書かれている事柄を参考にさせて頂くと、”フランス語、あるいはイタリア語などの外国語、絵画、音楽、基礎教育一般...”などの心得は必須。中流から上流階級の家庭の女性教師としてのお仕事。お給与は薄給。興味深いところでは、”容姿端麗なるガヴァネス”は敬遠されたこと。まあ、そうだろうと想像はつくけれど。私が最初に知ったガヴァネスはおそらくシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』だと想う。以前に『ジェイン・エア』のことを少し綴ったことがあったけれど、まだまだ追記したいことはいっぱい。そして、まだまだ読んだり観たりも継続中。中にはやはり同性愛者のガヴァネスもいたというのも何の不思議もないけれど、当時認知されるものではなかった。
ガヴァネスとしての女性は自身が”レディ”でなければならない。けれど、雇い主と対等ではなく冷遇な立場、ガヴァネスの虚栄心を傷つけることにもなり、彼女たちのなかには精神の均衡を失い、精神病院へ送られる者も多かったという。
ガヴァネスは、天と地の間に宙づりになっているマホメットの墓のように、身分の高い者と低い者との間に宙づりになっている。前者の七光りをいくらか受けているだろうが、どちら側の楽しみも享受していない。
ガヴァネスは親戚でもなく、客でもなく、女主人でもなく、召使でもない ― だが、そのすべてが入り混じったものなのだ。
このような状況だったようだ。ヴィクトリア朝時代のガヴァネス、あるいは大量の未婚女性が存在した事実は、それまでとは異なる社会現象。ガヴァネスの養成学校の多くの女性たちがすべて職を得たはずもないだろうに。