あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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『ラブミー LOVE ME』 少女スーシー(アンナ・リンデーン:ANNA LINDEN)♪

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主人公の少女スーシー(アンナ・リンデーン)は15歳。幼い頃に父親とは死別。母親はアルコール中毒。スーシーは子供の頃から里親から里親へ。親から愛されたことのない少女。愛をもっとも求めているのだけれど、愛されたことのない少女にはその受け入れ方も分からないのだろう...。このカイ・ポラック監督の『ラブミー』をとっても久しぶりに観返した。とても響いた。少女スーシーの傷ついた心や繊細さ。そして、義父なる存在との関係。これは度々映画や小説を読んでいても出てくる”ロリータ”というキーワード。そして、安易に”ロリータ映画”と括る、あるいは呼ぶことも好きじゃない。こういう疑問がいつも付き纏い頭と心が混乱するのは何故だろう。

初めて観た時は私もずっと若く、正直後味は良くない印象の映画だった。両親の愛をいっぱい頂いて育ったと思える私には少女スーシーの心の孤独さを感じることなどできなかったのだろう。逆にこのスーシーに対して不快な気持ちも抱いていたのかもしれない。なのに今回で3回目の鑑賞...何かが突き刺さったままだからかな。実の母親のアルコール中毒症はかなりの重度のよう。それでもそのママを愛しているスーシー。けれど、里親を転々としている。いまだに馴染む”家”が見つからずにいる。一番欲しいであろう”愛”と”家”。15歳のスーシーの新しい里親グンナー(トーマス・ラウスティオラ)とマルタ(レーナ・グラーンハーゲン)。殊にマルタはこの少女を我が娘のようにと望んでいる。彼女を助けようと精一杯の姿に心打たれる!他人でもこのような”愛”を持って接することのできる人はいる。人間の尊く美しい姿をマルタに見る。グンナー一家には18歳の少年トーマス(トーマス・フリュク)と幼い娘アン(イェニー・カイ・ラーセン)がいる。彼等はスーシーを優しく歓迎する。けれど、その初日から問題だらけ。スーシーは彼らの優しさが分からない。利発な少女なので頭では分かっているし感じてもいる。けれど、その優しさの受け入れ方を知らない。とても可哀想。苛立ちは乱暴な行動をとったり家出を繰り返したり。でも、時折とても美しい表情を見せる。幼いアンと一緒にピアノを弾く場面が好き。この小さな少女アンもとても可愛い。トーマスはスーシーに恋をするけれどまだ若い。15歳のスーシーは初めて純粋な恋をするかに見えたけれど、そうも行かない。義父を誘惑したりもするあたりの心を想う...。

でも、ようやく”家”を見つけたかのようだった。”長い道のりだった”という。15歳の少女が”長い道のり”と自覚するのだ。どんなに辛いこれまでだっただろう。でも、この先の方がずっと長い道のり。その後、スーシーがどのように成長し過ごしたのかは分からないけれど、最後に映るスーシーの立ち姿は美しく、表情には微笑みが見られた。そして、ピアノを弾くスーシーを見つめるアン。スーシーを渾身の力と強い愛で受け入れようとするマルタ。複雑ながらスーシーを放したくはないグンナーとトーマス。穏やかなグンナー一家を破壊しそうなスーシーだったけれど、彼等は彼女を愛している。そして、その微笑みと同じように今までとは違う新しい人生への光のようなものを残して映画は終わる。澄んだ北欧の景色と深い余韻を残して☆
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ラブミー/ALSKA MEJ
1986年・スウェーデン映画
監督・脚本:カイ・ポラック 撮影:ローランド・ステルネル 音楽:アラン・ペテション、グスタフ・マーラー 出演 アンナ・リンデーン、レーナ・グラーンハーゲン、トーマス・ラウスティオラ、トーマス・フリュク、イェニー・カイ・ラーセン
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by claranomori | 2009-03-15 11:59 | 銀幕の少女たち・少女映画