あまりにも私的な少女幻想、あるいは束の間の光の雫。少女少年・映画・音楽・文学・絵画・神話・妖精たちとの美しきロマンの旅路♪


by chouchou
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『やさしい嘘』 愛らしいエカおばあちゃんと娘と孫娘 監督:ジュリー・ベルトゥチェリ

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ソ連崩壊後の小国グルジアのトビリシという町で暮らす三世代の女性たち。エカおばあちゃん(エステル・ゴランタン)と娘のマリーナ(ニノ・ホマスリゼ)と孫娘アダ(ディナーラ・ドルカーロワ)のそれぞれの思いを感じながらも、”やさしい嘘”に”美”を見てしまう私はどうしても涙に溢れる。このエカおばあちゃん役のエステル・ゴランタンはこの作品撮影当時90歳近い。女優としてのデビューは85歳頃だという。私は時々年老いた”おばあさん”や”おじいさん”を失礼かもしれないけれど、とても愛らしくかわいいと感じることがある。私の今住む町で一番会話をするのは早朝のお掃除をしてくださる腰の曲がったおばあさん。そのおばあさんからすると小娘の私にとても優しく話しかけてくださる。華奢なお体と素敵な笑顔は少女のように思えるのだ。中途半端な歳の私にはまだまだ試練が待ち受けているだろう。そのおばあさんやこの映画のエカおばあちゃんのような年齢になった時、私はどんな風になっているのだろう...。

タイトルの”やさしい嘘”にあるように、この映画の中で思いやるがうえの嘘が二つある。一つは、マリーナの弟オタールはパリで暮らしているのだけれど、ある日、オタールの事故による死の知らせを受けるマリーナとアダ。その死を二人はエカおばあちゃんには言えない。二人はオタールの振りでエカおばあちゃんに手紙を書き続ける。けれど、アダはそんな状況に疑問を抱き始めていた。孫娘のアダはとてもおばあちゃんっ娘で得意なフランス語で通訳をしてあげたり、足のマッサージをしてあげたり。愛するが故の嘘を二人は続けるのだけれど、母親マリーナの心境はもっと複雑な気もする。しかし、突然エカおばあちゃんの膨大なフランス語の蔵書が無くなる。エカおばあちゃんはオタールの元気な姿を見に行くための旅券にそのお金を換えたのだ。マリーナとアダも遠いパリへ同行することになる。そして、オタールがもういないことを知る。心配するマリーナとアダ。しかし、エカおばあちゃんは言う”オタールはもういなかった。成功をめざす人たちの憧れの地、アメリカに行ったんだよ。でも、あの子ならきっとうまくやっていける。私たちのことをきっと忘れない。いつか手紙をくれるよ。”と...この尊大なる言葉に涙する。過酷な時代を生き抜いてきたエカおばあちゃんは、これまでにも幾度もの愛する者たちの死や別れを経験してきただろう。そして、娘マリーナのことも孫娘アダのこともよく分かっている。大きな愛。思いやりからの”やさしい嘘”。”嘘”は時に思いやりが伴う...私と弟は病院で寝たきりの母に父の死を伝えることが出来ずにいた。私は最期まで言えず心が痛んだけれど、優しい弟は母の死の直前に耳元で伝えたと言った。私は勇気もなく何もできなかった...けれど、母は知っていたのだろう...と今では想うこともある。親子や夫婦には言葉以上に伝わるもの、家族の絆というのは理屈ではない。このエカおばあちゃんの”やさしい嘘”により、マリーナもアダの心も解き放たれただろう☆
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やさしい嘘/DEPUIS QU'OTAR EST PARTI...
      2003年・フランス映画
監督:ジュリー・ベルトゥチェリ 脚本:ジュリー・ベルトゥチェリ、ベルナール・レヌッチ 撮影:クリストフ・ポロック 出演:エステル・ゴランタン、ニノ・ホマスリゼ、ディナーラ・ドルカーロワ、テムール・カランダーゼ

※何故か、”少女”を考える私は童女や思春期の少女だけでは物足らない。無性である時期の少年も必要なように、老境に至った老女までに及ぶ。90歳手前のおばあちゃんのお話なれど、彼女に”少女”を見た私なので仕方がない。表象的なことだけでもなく、楽の調べが心を揺さぶる時の慄きを想う。”少女”という言葉は永劫回帰するのだろうか☆
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by claranomori | 2009-02-09 21:57 | 往還する女と少女